破棄差戻判決が捨て去ったもの(2)2006年06月21日

山口母子殺害事件の最高裁判決がウエブサイトに公開されていた(PDFファイル)ので読んでみました。

上告審で弁護人が殺人,強姦致死の点について事実誤認がある旨主張した点について判決は,

その指摘は,他の動かし難い証拠との整合性を無視したもので失当であり,本件記録によれば,弁護人らが言及する資料等を踏まえて検討しても,上記各犯罪事実は,各犯行の動機,犯意の生じた時期,態様等も含め,第1,第2審判決の認定,説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであり,指摘のような事実誤認等の違法は認められない。

としています。

 では,「他の動かし難い証拠」とは?どういう思考過程で「揺るぎなく認めることができる」のでしょうか。第1審,第2審では殺意の点について争いがなかったようなので,最高裁での判断が殺意の有無という「争点」についての最初の判断(しかも差戻し審を拘束するとすれば最後の判断でもある。)になるので,もっときちんと説明されるべき事柄でしょう。

 まさか,動かし難い証拠というのは,被告人の供述調書のことなんていうことはないんでしょうね。18歳とはいえ,犯行当時被告人は少年でした。成人もそうですが,特に少年は,捜査官の誘導にのりやすいのです。

 判決文にも,

被告人は,捜査のごく初期を除き,基本的に犯罪事実を認めているものの,

とありますが,この供述の変遷がどのような経緯で起こったのか,検証する必要はないんでしょうか。また,誘導による自白の効果が公判段階まで継続していたということはないんでしょうか。

 弁護人の主張を「一蹴」するにしても,人1人を死に至らしめる可能性の大きい判決を書くのであれば,こうした疑義についてきちんと回答した形の判決を書くべきではないのでしょうか。ここここで指摘されているように,ただ結論先にありきでは困ります。

 メディア等で問題とされる被告人の手紙ですが,無期懲役でも法的には7年経てば仮釈放がありうるというのと,実際に仮釈放を受けることができるかというのは別問題です。無期懲役による収容期間は現実には長期化していますし,20代からの,世間にいれば「働き盛り,遊びたい盛り」の年代を刑務所で,いつ出られるかのあてもなく暮らすことは容易なものではありません。こうした実態を世間に広報することで,被害者のこのような浅はかな行為を防げたのではないかと思うと残念です。

 さらに言えば,このような手紙を書くことを反省の情の欠如として当然のように証拠に提出する検察官の考えも理解できません。隠すのは悪いこととの考え方もありえましょうが,公開することでセカンド・レイプのような状況をもたらすおそれは考えなかったのでしょうか。また,なぜこのような手紙を書いたのかという背景事情について考えは及ばなかったのでしょうか?

 メディアでは被告人と弁護人がもっぱら責められるような報道のされ方がなされていますが,検察官の手法や最高裁の判断に問題がなかったのかという点ももっと検証されるべきように思います。

コメント

_ M.T. ― 2006年06月23日 20時44分42秒

 私も光市母子殺人事件について、記事を書いたことがあります。
 トラックバックをさせて頂きました。

 ちょっとご注意 
  「被害者」は「被告人」の間違いでは?

 

_ ノムラ ― 2006年06月24日 09時25分25秒

>M.T.さん
ご指摘どうもありがとうございます。
修正しました。

_ RYZ ― 2006年06月26日 10時38分26秒

はじめまして。
私も、相当悩んでいます。

殺意の証明として「犯行後に被害児を殺害しているのだから殺意があった」という説については、どう考えますか?

_ ノムラ ― 2006年06月26日 22時03分34秒

>RYZさん
記録を読んだわけではないので具体論としては何ともいえませんが,一般論として,犯行後に被害児を殺害しているのだから,というだけで殺意を認める考え方には疑問を感じます。

_ RYZ ― 2006年06月27日 15時24分43秒

解説ありがとうございます。
私が違和感を感じたのは、高裁の判決文の「万一の蘇生を恐れて」という部分です。
これについてはどうでしょうか?

_ ノムラ ― 2006年07月03日 22時17分29秒

>RYZさん
高裁判決を見ていないので,どういう文脈で使われていることばなのかわからいというのが現況です。

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