予防原則における「二重の基準」(ダブル・スタンダード)2008年01月19日

以下は今年の事務所報に載せたものに一部加筆訂正したものです。


飛行機に乗ると,搭乗している間中,携帯電話など電波を発信する機器は電源を入れること自体が禁止される。飛行機の操縦に影響を与えるからという理由だ。この携帯電話,心臓のペースメーカーを使っている人の近くで使うと,ペースメーカーの誤作動を起こす危険もあるという。このように機械に影響を及ぼすおそれのある電波(電磁波)は,人体に安全なものなのだろうか。

電磁波のうち極低周波(高圧線などが出す電磁波。携帯電話の出すのは主に高周波)について世界保健機構(WHO)は昨年,新しい環境保健基準を示し,その中で,健康被害を予防するための措置を講じることを推奨した。その根拠として,「平均〇・四マイクロテスラ(四ミリガウス)以上の低周波磁界の環境では、小児白血病の発症が二倍ほど増える」という疫学研究の結果を取り上げている。

この問題での日本政府の対応は消極的だ。政府は前記基準を受けて原子力安全・保安部会電力安全小委員会内にワーキング・グループを作ったが,昨年一二月の会合で検討された報告書案では,電磁波の長期的影響については不確実であるとして,厳しい規制を取ることを否定している。因果関係が分からない限りは積極的な予防策は採らないというのだ。

しかし北欧などでは既に,今回の基準を待たずに非常に厳格な基準を設けている。長期的影響が分からないからといって放置しておいては,アスベスト禍の二の舞になるのではないだろうか。現に欧州では電磁波は第二のアスベストと呼ばれているという。

一方政府が「予防策」を積極的に取る分野がある。「テロ」や「組織的犯罪」の「予防」だ。昨年,テロ予防を目的として,入国する全外国人(外交官等は除く)から顔写真と指紋を取得する入国管理制度が導入された。在日外国人に指紋を押捺させる制度の是非が裁判で争われ,結局指紋押捺の制度がなくなったのは二〇〇〇年四月,そんなに前のことではない。 外国人全員を被疑者と同じ扱いとすることに合理的理由があるのだろうか。また政府は,野党・市民からの再三の抵抗にもかかわらず共謀罪の導入に躍起である。集まって話すことだけを取り締まる必要性はどこにあるのか。人々が告発されてつかまることをおそれ,冗談もろくにいえなくなるのではないか。

電磁波規制で専ら制限されるのは電力会社や携帯電話会社などの大会社の経済的自由であるのに対し,新入国管理制度や共謀罪導入で制限されるのは個人のプライバシーやコミュニケーションの自由である。

大会社の経済的自由は保障されるべきだが個人のプライバシーやコミュニケーションは制限されてもやむを得ない,という「二重の基準」は妥当なのだろうか。

憲法学界の通説では,プライバシーやコミュニケーションの自由といった精神的自由の規制については,経済的自由の規制にくらべて,憲法に反しないかどうかの判断基準を厳格なものとすべきとされている。

このような判断基準からすると,大会社の経済的自由について制限することには慎重だが個人の精神的自由については積極的に規制するというのはおかしいのではないだろうか。