代理出産~やはりイエの圧力がかかってくるのだ2008年04月06日

Newsweek誌の記事を取り扱おうと思ったが,ショッキングな事実が出てきてしまったのでこちらから。

代理出産:15組が実施、8組から10人誕生--根津医師公表毎日.jp

諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘(ねつやひろ)院長は4日、これまでに15組が代理出産を試みたことを同クリニックのホームページで公表した。4組は妊娠せず11組が妊娠。3組は流産、8組が出産し、10人が誕生したという。代理出産に関しては3月、日本学術会議の検討委員会(鴨下重彦委員長)が法律で原則禁止し、公的機関の管理下での試行を容認する報告書案をまとめている。

ホームページによると、代理出産について、約100組から相談を受けた。実施した15組の依頼女性をみると、6人は生まれつき子宮がないか小さいケース、9人は子宮筋腫、子宮体がんなどで子宮を摘出していた。出産を引き受けた女性(代理母)は▽実母5人▽実の姉妹3人▽義理の姉妹7人。年齢は34歳以下が5人、35歳以上10人。55歳以上も4人含まれている。

根津院長は「『代理出産の条件付き容認、悪用する者へは刑事罰』(根津私案)という基本の下で、さらに症例数を増やしながら議論していくべきだ」としている。【大場あい】

毎日新聞 2008年4月5日 東京朝刊

「実施」した15組について代理母になった人をみると,一番多いのが「義理の姉妹」というのは,単純に親族間の情誼からくる美談とは言えないだろう。

義理の姉妹ということは,代理母の側から見た場合,(1)自分の夫の姉妹夫婦のために生むケース,(2)自分の兄弟とその妻のために生むケース,(3)自分の夫の兄弟の妻に代わって生むケースが考えられる。

いずれにしても,「依頼女性」(その夫の存在が無視されているので,このような言い方はいかがなものかと思う。)と代理母との間を結びつける存在として,「夫」や「兄弟」といった男性が存在している。

この点については,男性中心のイエ制度の保持のためではないかという疑念を強く感じる。フェミニストの研究者によく研究してほしい。

ところで,上記記事で触れられている,根津医師の診療所の「ホームページ(「当院の代理出産から考えること」--当院における代理出産のご報告--)」を見てみたが,この医師,とんでもないことをしているといわざるをえない。

上記ウエブページには,「実母による代理出産をされた方の声」として,自分の夫の子を自分の実母に妊娠・出産させた女性の声が掲載されている。この女性は,生まれつき子宮に欠損があるため子どもを産めない身体であったが,そのことを理解してくれる現在の夫に出会い,結婚するに至った。しかし,そのような彼のために子どもがほしいと願い,向井亜紀・高田延彦夫妻についてのニュースを見たのをきっかけに代理出産を希望するに至る。彼女が実母に出産してもらうまでに至る経緯は以下の引用のとおりだ。

私は向井さんと同様、代理母出産を望みました。夫と話し合い、当初はアメリカでの代理母出産を考えていました。そのような時にインターネットで諏訪マタニティークリニックを知り、根津先生が近親者を代理母とするならば、代理母出産を行っていることを知ったのです。すがる思いで、すぐにお電話させて頂きました。先生の、「あなたのお母さんに手伝ってもらいなさい。」との一言で、私は電話口で声を出して泣いてしまいました。これまでの子供が産めないという苦しみや夫や夫のご両親への引け目が先生の一言で少し救われた気持ちになったからです。この先生の言葉を母に伝えると、母は快く引き受けてくれました。そこで、クリニックへは私と夫、そして私の両親の4人で受診しました。そこで、根津先生からの提案について、私たちはもう一度よく話し合い、私と主人の受精卵を母の子宮に戻すことを決めました。そして、数回目の試みで、母の体に新しい命が宿りました。それを聞き私たち家族は泣いて喜びました。それから出産に至るまでの間、私は母とともに生活しながらその日を待ちました。そして待望の出産、私は涙が止まらず我が子をまともに見ることができませんでした。ただただ先生をはじめ、温かく見守り続けてくれた諏訪マタニティークリニックのスタッフの方に対する感謝の気持ちと、何より頑張ってくれた母に対して感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、涙が止まりませんでした。

「あなたのお母さんに手伝ってもらいなさい。」って,根津医師,母親に代理母になってもらうよう慫慂しているではないか。しかも「手伝って」などと,出産の主役が依頼者であるかのような表現を使って。現実は,依頼を受けた実母自身が危険を冒して出産するのであって,「手伝」うなどという生やさしい行為を依頼するのではないのに。上記のような根津医師の言い方は,依頼者を,代理母の負担に思いを寄せることから遠ざけるものであり,代理出産をより「気楽」に依頼できるようにしようとするものであって,代理母の依頼を受ける実母の生命に対する配慮のかけらもないものだ。まあ,根津医師自身,上記ウエブページに付された資料の末尾で,

2 実母が代理母となる利点

として,

1.娘の為に子供を産む、というところから意識がスタートしているため、依頼時には既に様々な事柄に対する覚悟が出来ている。

2.出産した子供=孫になる為、子供の受け渡しに関しトラブルは起きない(障害児が例え生まれた場合も含め)

3.代理母である実母も実父も、実の娘のためという意識下で行うため、家族間における妊娠中・産後の不都合に対する不満は起きにくい。また代理母妊娠中に依頼者が生活を共にすることも親子間であることから行いやすく、代理母の家族と依頼者の家族が密接に関わることができる。

4.妊娠出産経験者であり健康体であるため、一般の不妊治療を行っている方より高齢であっても妊娠出産率が高いものと考える。

などと,母親であれば娘のため,孫を手にするためと思っていろいろと我慢してくれることを挙げているぐらいだから,上記のような発言がなされたとしても不自然ではないが。

特に,前述の,「声」が掲載されている女性の場合,

先天的に子宮の欠損があるこの診断に両親は驚愕し、ただ泣いていました。

というのだから,子どもがそのような症状を持って生まれてきたことについて母親は責任を感じていただろうと推測できる。このように責任を感じている母親が娘から「手伝って」と言われて,そう簡単に断れるのだろうか。娘が子どもを産めないのは自分のせいだという強迫観念から,断れなくなるだろう。代理出産推進者の根津医師はそのような状況を見越して前記のような「手伝い」発言をしたのだろう。

それにしても「様々な事柄に対する覚悟が出来ている」ことを利点に挙げるって,(繰り返しになるが)代理母となる女性の身体を危険にさらすことについてきちんと配慮しているのか疑問を抱かざるをえない。実際に「マタニティ」ドレスを着用し,出産するのは代理母となる人なのだが,この医師の目には代理出産を依頼する人のことしか目に見えていないのではないか。

根津医師の報告ページはこのほかにも突っ込みどころ満載なのだが,新聞記事で引用された箇所との関係で,あと1,2点のみ触れておく。

新聞記事では15組が試行しそのうち8組が出産,10人が誕生したとされている。これだけ読むと,成功率が15分の8とは高いではないかとの感を持つだろう。私も持った。

しかし,報告によれば,

代理出産に挑戦した15例に37回のET(戻し)をして、11例に妊娠、即ち体外受精(IVF・ET)妊娠率29.7%、8例に生児を、即ち、体外受精出産立(ママ)21.6%(体外受精妊娠率30.4%、分娩率19.2%、日本産科婦人科学会調べ)でした。

ということなのであり,一般的な体外受精に比べ低いとはいえないものの,受精卵移植が成功した場合でも出産率は2割強にすぎない。つまり8割のケースでは,代理母に負担をかけながら「成果」を得られずに終わっているのだ。そして,15例に37回の戻しをしているというのだから,1症例当たり平均2回以上のET(戻し)をしている計算になる。こうしたETを行うについての負担はどの程度のものなのだろうか。マスコミは,こうしたことについてもきちんと伝えるべきではないだろうか。そこまで行かなくとも,ghanajapanさんが触れられているような,流産時の負担などについては気づいてしかるべきだろう。

根津医師は,報告の最後で

ボランティアによる代理出産も今後の課題であると考えております。これに関しては、代理出産禁止の条件となっている、妊娠・出産における危険性を無視して考えることは出来ません。すなわち、いつ何時代理母が死亡したり後遺症を残すような重篤な疾患に陥るかも分かりません。例え危険を承知でのボランティアとは言え、その場合の保障制度、トラブル化した場合の対応策を考えてからでなければ、ボランティアにより代理出産は簡単にスタートすべきではないと考えます。

今回はそのような場合にも当事者間だけで問題解決が可能な身内での代理出産、すなわち兄弟姉妹間、親子間のケースに関する実例報告をさせて頂きました。

と述べている。

身内での代理出産であれば当事者間だけで問題解決が可能というのは,親族間の争いを日常的に処理する立場からすると,楽観的にすぎるといわざるをえない。問題が起こらないとすれば,それは,実害を受けた者の側(夫や子どもを含めて)が,圧力に負けて泣き寝入りをしたということではないだろうか。

根津医師の上記のような考え方には,kurokuragawaさんの予想されるような事態が,むしろ当然の前提として組み込まれているのではないだろうか。

依頼時に加え,問題解決時に圧力がかかる,親族間での代理出産。仮に代理出産の「試行」が認められるとしても,親族間での代理出産は絶対に認めてはならないだろう。