司法試験合格発表と試験問題漏洩等事件~新法曹養成制度が問題の根源2015年09月09日

昨日司法試験の合格者発表があり,1850名が合格したとのこと。

この期に及んで合格者数増ですか・・・。合格された方,まずは一区切り,おめでとうございます。

今年は発表直前に,司法試験考査委員の受験者に対する試験問題の漏洩が発覚。報道によれば解答方法まで指導していたとか・・。

この教授,名前は聞いたことあるんですが,業績ある分野が何なのか,不明にも存じ上げませんでした。これは報道情報ですが,相手の女性に対する好意があったことから行ったとのこと。事実とすれば,物で女性を釣ろうという考えにも見え,女性蔑視の裏返しのように思えます。憲法を教える教授としていかがなものかと思います。

このようなことが起こる一因は新法曹養成制度,特に,法科大学院修了を受験資格とし,受験期間制限を設けていることにあるのは間違いありません。授業料として多額の資本を投下し,貴重な時間を費やしており(新卒資格喪失という不利益もある。),チャレンジの機会も限られている以上,司法試験の合否は受験生にとって昔とは比較にならないほど深刻な問題ですし,他方司法試験考査委員兼法科大学院教授の威光(前者の威光に浴する機会は制度上ありませんが)は昔に比べ増大しており,教授の「親切」を学生(受験生)が断れなくなっているからです。件の教授は(これも報道からですが)他の女子学生にも食事に誘うなどしていたとのことであり,事実だとすればLS版アカデミックハラスメント(セクシュアルハラスメント?)魔ではないかということになります。制度がどうあれアカハラ/セクハラは許されるものではありませんが,法科大学院に行かずに済むのであれば法科大学院でイヤな思いをすることもなかったわけです。やはり司法試験を法科大学院から解放し,受験回数制限もなくすべきです。

「法曹有資格者」という用語に秘められたもの2013年04月08日

法曹養成制度検討会議の中間的取りまとめ(案)が公表されましたね。

この中間的取りまとめ(案),「はじめに」の次の項目が「第1 法曹有資格者の活動領域の在り方」となっています。

活動領域について論じられるのは,「法曹」ではなく,「法曹有資格者」。つまり,法曹にならない人が多数出てくることを前提としたとりまとめ案になっています。

この「法曹有資格者」とは,法曹の養成に関するフォーラム論点整理(取りまとめ)での定義によれば,「司法試験合格者を指し,必ずしも弁護士資格を取得している者に限定されない。」とのこと。

でも,この会議はあくまでも「法曹養成制度検討会議」。「法曹」の養成について論じる場所のはずなのに,その報告書の1番目の項目が「法曹有資格者」となっているのはなぜなのでしょうか。

「法曹」となるためには現行法上,裁判官か検察官となるか,弁護士会に登録して弁護士になることが必要です。取りまとめ案が「法曹」でなく「法曹有資格者」とした第1の理由は,弁護士登録をしない有資格者をどんどん生み出し,法律に関係する職務を担わせていこうという意味があるのでしょう。

「法曹」ではなく「法曹有資格者」とした第2の理由は,その活動領域がこれまでの法曹の活動領域と異なるというだけではなく,「法曹有資格者」の性格が既存の「法曹」とかなり違ったものになるからでしょう。法曹,特に弁護士については,独立した職業人というイメージが自他共にあったように思います。弁護士人数の大幅な増加に伴う企業への進出について,正義の総量の増大だと唱えた弁護士がいましたが,その人も,企業内弁護士が独立した職業人として活動できることを前提としていたのでしょう。

ところが,今回の取りまとめ案では,企業内「法曹有資格者」の存在意義について

社内事情に精通する法曹有資格者を社内に置くことにより,案件の始めから終わりまで一貫して関与させ,その専門性を機動的に活かすことが可能となる

と述べるにとどまっています。ここにはコンプライアンスや法令遵守といった言葉さえも出てきません。司法制度改革審議会意見では,「法の支配の理念の下、その健全な運営に貢献することが期待される。」との表現がありますが,もうそのような表現は欺瞞にすぎないことが明らかになったと言えるでしょう。

これまでの企業内弁護士の場合,弁護士会に属し,弁護士共通のルールに服することによって(弁護士会職務基本規程の内容が現状でよいかは問題ですが),企業(経営者)の利益のみを一方的に推進することへの助力から逃れられていた面があるように思います(弁護士会内でも企業内弁護士の独立性について,そのような解説がなされていました。)。ところが,これが,弁護士会の拘束を受けない「法曹有資格者」となると,企業利益の推進にどっぷり浸からされるようになってしまうおそれが大です。

このように,業務拡大が議論されている「法曹有資格者」,司法試験に合格した者という点では既存法曹と変わらないものの,その内実は,既存法曹とは全く異なるものに変質したものと言えるでしょう(自治体勤務や企業の海外進出支援についても同様の問題点があります。)。

一方,既存の「法曹」はそんな「法曹有資格者」の動きを高見の見物といくかというとそんなことはなく,司法試験合格者と言うことでは同じ「法曹有資格者」の側からの業務拡大運動によって,現在の法曹の業務も「法曹有資格者」に「解放」され,実質的に,弁護士会強制加入,弁護士自治が崩壊することになるでしょう。

日弁連は会員向けFAXニュースで「法曹有資格者」という言葉をしれっと使っていますが,その言葉の横行を許すこと自体,弁護士会自治の崩壊につながるものであり,自爆行為であると言わざるを得ません。日弁連の動きについては,沈黙すべきとの議論もあるようですが,法科大学院側は延命のため弁護士自治を侵そうとしているのであり,これを看過すること自体,会員に対する背徳行為と言えるでしょう。

「法曹有資格者」という概念は,卒業生の進路を何とかして拡大しようという法科大学院と,司法試験合格者激増政策の誤りを認めたくない政策担当者の,法科大学院延命のための足掻きと言えるものです。弁護士を変質させ,その自治まで危うくする法科大学院の動きにこれ以上つきあうことは有害無益であり,日弁連は直ちに法科大学院と決別すべきように思います。

二弁フロンティアの特集記事に「法曹志願者激減」2012年12月06日

第二東京弁護士会(二弁)の広報誌「二弁フロンティア」2012年1月号の特集記事「データで見る『法曹志願者の激減』~打つ手はあるのか?」(以下「本記事」といいます。)が法曹界の一部で話題になっています。

本記事では,法曹志願者の激減っぷりやその主な原因について,各種データなどを引用しながら,法科大学院ルートでの法曹資格取得が,旧試験経由時代に比べ,費用の大幅像と効用の減少という両面で費用対効果が大幅に劣ることから法曹志願者が激減したと結論付けています。

その指摘は,もっともなものですし,慎重ながら分かりやすい論理が展開されています。

また,本記事が

問題の本質は、「法科大学院や今の法曹界がどう考えるか」ではなく、「法曹界入りを検討している学生や社会人がどう考えるか」という点にある。

というのは,正にそのとおりだと思いました。

二弁といえば,司法制度改革審議会意見書よりも前に弁護士会としては最も早くロースクール構想を打ち出すなど,法科大学院制度推進の最先鋒で,今でも法科大学院推進派が多数存在する弁護士会です。

その二弁の広報誌に「法曹志願者の激減」という,新法曹養成制度の破たんを示す文言がタイトルとして踊る記事が載ったことの意味は大きいと言えます。

もっとも二弁内では,司法改革の魁と自称して先走る人たちがいる一方,そのような政策に対する批判も一般会員の中には根強く,大宮法科大学院との提携や同大学院の経営母体の不祥事等の際には,常議員会などで議論がたたかわされました。

本記事の底流には,法曹養成制度が破たんしたとしか言えない現状に加え,こうした流れもあったのだと思います。

本記事が,二弁広報誌に掲載された記事という限界から,対応策として本来あるべき,「法科大学院と司法試験受験資格の切り離し」(+合格者数削減,給費制回復)という道は示されていません。この記事を見ても法科大学院推進論者はなお,給付制奨学金制度の充実と司法修習給費制の回復で人を呼び戻せるなどというでしょう。

しかし法科大学院を司法試験受験資格と切り離せば,法曹養成機関であることを理由とした補助金等の支出がなくなるのに,そのような道をとらずに更に経費のかかる道を選ぶというのはありえないでしょう。それに時間的負担の問題は相変わらず残ります。やはり旧来の司法試験に戻す(合格者数,司法修習も)というのがむしろ現実的な解決策のように思いますね。

日弁連が法科大学院制度の改善に関する具体的提言を出したが2012年07月13日

提言

既に案の段階でいろんな方が意見を言われているので,ここでは属する会派のニュースに載せた文章を転載することにします。

法科大学院は存在自体が問題。廃止に!

(人権擁護・二弁の会ニュース2012年7月13日号)

6月の常議員会では、日弁連からの「法科大学院制度の改善に関する具体的提言(案)」に対する意見案が議題に。

法科大学院については、2004年に5767人いた実入学者が、2012年には3150人となり、適性試験の受験者も2003年の4万人弱から8割以上減って2012年には6000人弱に。これは予備試験受験者数をはるかに下回る。

日弁連意見書案は、このような法科大学院を、依然、法曹養成制度の中核とし続けることを前提に、入学者数の3000人以下への削減や統廃合といった改革を提唱する。しかし、法曹志望者から見放された法科大学院。すでに入学者3000人はほぼ実現した。実現した内容を提言して、法科大学院存続をということは、法科大学院についての惨状を直視していないと言わざるを得ない。

二弁の意見は更にひどい。予備試験制度が例外的制度であることの明記や、受験回数制限緩和への疑義など、法科大学院擁護により傾く内容だ。常議員会の討議では、「二弁が積極的に法科大学院を推進したことや教学提携した大宮法科大学院の末路を踏まえた議論が無い」「かつての一次試験合格者を冷遇するような予備試験敵視制度はおかしい」「時間的・金銭的余裕のある者しか法曹になれなくなっている」「かつて「丙案」に反対した弁護士会が受験回数制限に賛成する合理的理由はない」「法科大学院制度は法曹養成のみならず、大学教育や運営のあり方への文科省の介入を招いている点で学問の自由、大学の自治を侵すものである」「法科大学院についてはその是非自体を会内で議論すべき」といった意見が続出した。

ここ数か月で募集停止が続いているように、法科大学院は法曹養成面のみならず大学運営面でもお荷物となっている。早急に廃止して法曹志望者と大学関係者を桎梏から解放することが急務だ。

法曹志望者の法科大学院からの解放に向けて2012年06月05日

法科大学院制度(とその強制)って,法曹養成破壊,大学教育(大学の自治)破壊という面でも,さっさと改めるべき制度だと思うのだが,どう進めたら良いのでしょう?

まず法改正を行わずにできることとして

1 予備試験合格者数の増加

があります。

法科大学院に行かなくても司法試験が受験できる道が(意味のある人数)確保されれば,状況は改善されるのではないですかね。

合格率が低下することへの対処として次に

2 受験回数(資格取得後年数)制限の撤廃

のための法改正をすべきでしょう。できれば,

3 受験資格を旧司法試験同様に戻す

法改正も同時にすべき(連携法も廃止)でしょうが,2は3に比べ法科大学院側も反対しにくい(理由に合理性がない。受験期間の5年間で希薄化するような教育しかできないことこそ問われるべき。)ので,2だけでも先に進めるべきように思います。

予備試験合格者数の増加は今年から始められるので,今年の予備試験合格者数をまずは500人程度まで増やすことから始めるのが現実的かなと思います(これでも昨年の5倍近くになってしまいますが・・・)。

現在の法科大学院在籍者については,司法試験の受験回数制限がなくなったことをもって良しと考えてもらうしかないでしょうね。

司法試験受験資格と切り離された法科大学院をどうするか,制度として存続させるかどうかは,大学教育をどう考えるかという問題に特化したことになりますから,大学の先生方に考えていただくことになるでしょうが,「特権」のない法科大学院に,その教育内容だけでどれだけの学生が集まるかは,はなはだ疑問に感じます。

ある法科大学院廃止で投げかけられたもの2012年05月28日

明治学院大学法科大学院が学生募集の停止を発表しましたね。

法科大学院の募集停止は初めてではありませんが,目を引くのは募集停止の理由です。

同法科大学院教授会による募集停止の発表文(PDF)によれば,募集停止の背景として

司法試験合格者数が当初の予定に沿って増加しなかったことによる入試受験者,特に社会人受験者の減少

実務教育,臨床教育を有効に遂行するために必要な学生数を安定的に確保できないおそれ(現に模擬裁判などの臨床教育を有効に遂行できない状況)

社会人受験者が大きく減少→多様な法曹を送りだそうとした法科大学院の当初の理念の変質

といった状況を挙げています。これは他の法科大学院関係者の主張にも見られる理屈で,そう珍しいものではありません。

今回の募集停止の発表で特徴的なのは以下の部分です(太字部分は管理人が太字としたものです。)。

4 また、入学試験の実施には法科大学院の教育に対する考え方が反映しておりますが、次第に本法科大学院の教育理念に沿った入学試験の実施が難しくなってきています。

ここ数年、適性試験について入学最低基準点を設定するようにという国側の働きかけが強くなってきています。本法科大学院としては、本法科大学院の教育に対する考え方に抵触しない範囲で、運用を通し、こうした国側の働きかけをできるだけ尊重してきました。

しかし、今後、入学試験を行う際、適性試験について入学最低基準点の設定を強く求められ、本法科大学院の教育に対する考え方に沿わない入試制度へと制度の変更を余儀なくされるのは、本法科大学院の教育理念を維持するという面からも受け入れることのむずかしいものです。

適性試験の成績と法科大学院の成績・司法試験の合格率との間に統計的相関はあることは否定できませんが、統計的相関があることをもって、適性試験の一定の点数を一人一人の受験生の合否を決する際の絶対的指標として用いるのは、多様な法曹養成という面からも行き過ぎではないかと考えています。そもそもの原因を司法試験合格者数の伸び悩みに求めるのは,司法修習修了者の就職難や経済的困難から目を背けるものでどうかと思います。

入学試験でどのような学生を採用するかは,各大学の学風を色濃く出せる部分であり,その入試での選考について「適性試験」の入学最低基準点という制限をかけることは,大学の自治の根幹を損なうものと言えるのではないでしょうか。この点に強く反発した明治学院大学法務職研究科教授会には,大学の自治の担い手としての矜持を感じないでもありません。

ただ,こうした介入自体,法科大学院が専門職大学院の嚆矢として発足する時から懸念していたことではあるんですよね。

法科大学院は専門職大学院という,それまでの研究者養成機関とは異なる目的を持ったもので,専門職育成という目的が明確なため,その目的達成の観点からの行政による介入が容易に予想されるものでした。

これまでも既にいろんな面で介入はなされていましたが(第三者評価機関を通じた教育内容への評価等),今回の入試への介入は,法曹志望者を,官僚志望者が教養試験で試される能力と同じ能力を持った者に限定するようなものだけに,法曹志望者の均一化,金太郎飴化を推し進め,多様な法曹という理念をもろに損ねるものと言えるでしょう。法科大学院入試への適性試験最低基準点制度の導入は,法科大学院の「できそこないの司法試験予備校」化を進めるものでしかないのではないでしょうか。

法科大学院制度って,法曹養成の観点からも,大学の自治の観点からも,速やかに廃止されるべきだと思います。

「参加」というワナ2011年12月19日

来年2月に行われる日弁連会長選挙ですが,4氏が立候補を予定しているようですね。立候補予定者(敬称略)と選出母体は次のとおりです。

森川文人(43期,第二東京) 憲法と人権の日弁連をめざす会(めざす会)

尾崎純理(25期,第二東京) 新しい日本と司法を興す~2012弁護士の会(興す会)

山岸憲司(25期,東京) 弁護士未来セッション(セッション)

宇都宮健児(22期,東京) 第2期・市民のための司法と日弁連をつくる会(つくる会)

弁護士激増,新法曹養成制度(法科大学院),裁判員制度導入を謳った「司法改革」については,めざす会は反対ですが,他の3団体は是とする立場です。この点「興す会」「セッション」の立場は明確ですが,「つくる会」も「第2次司法改革」などと述べ,「司法改革」を否定していない点には留意が必要でしょう。

ところで,毎日新聞の記事によれば,日弁連の法曹人口政策会議は,「合格者をまず1500人程度にまで減員し、さらなる減員は法曹養成制度の成熟度などを検証しつつ対処すべきだ」という内容の提言案をまとめたとのことです。この点については,政策会議の中では1000人にすべきという意見も多くあったようですが,1000人という数値の主文中への明示は見送られたとのことです。

しかし,今年の,修習生の弁護士一斉登録の段階で,約400人の未登録者が出てくるという就職難の状況を踏まえると,現状の2000人はもちろん,1500人でも多すぎると言わざるをません。合格者数1000人でも今後弁護士数は増加していくのであり,昨今の経済不況が改善する見込みの薄いことを考え合わせると,いったん合格者輩出停止措置でもとったほうがいいのではないかというくらいの状況です。

そうした中で「まず1500人」というのは,何をのんきなことを,と言われても仕方がないものと言わざるを得ないでしょう。

ところで,この会議は,宇都宮日弁連会長が議長となっています。そうだとすると,このような提言案について批判する以上は,当該政策会議の執行部を批判することは避けられないのではないでしょうか。

この点に関しては,宇都宮会長体制になってから,人口問題政策会議が開かれ,従前「司法改革」に批判的だった人たちが委員として発言できるようになったことを評価する向きもあるようです。

確かに,委員として発言権を持つようになったことは,従前とは変わった点ではあります。

でも,その結果としての提言案がどのようなものであるかを考えた場合に,そのとりまとめに責任を負うべき議長を批判しないことは,無理があると言わざるを得ないのではないでしょうか。

私は昔,国の審議会の庶務をやっていたことがありますが,委員の選任は部署内でよく検討しましたし,サブ(Substance=内容)担当の人がペーパー作成や根回しに使う労力はすごいものがありました。こうした状況をわきまえずに,権力側の作った機構に,自分らの意見を反映できると乗り込み,いったん乗り込んだ以上はつきあわざるをえないと,ずるずると取り込まれていった(むしろ嬉々として協力していたという話もありますが・・)のが,司法制度改革審議会への日弁連の加担だったのではないでしょうか。今回の日弁連人口問題政策会議の提言案を批判しつつ,宇都宮会長は評価するということについては,失礼ながら,司法制度改革審議会に対する日弁連の対応に似たものを感じてしまいます。

裁判員制度についても言えることですが,「参加できる」ということは,それだけで何か自分が何か特権を得たかのような感覚を参加者にもたらします。しかし人を選んで参加してもらうということは,参加者を選ぶ側,参加制度を作る側にも何らかの狙いがあるはずで,参加する側と参加してもらう側との緊張関係を忘れて「参加」することに浮かれていると,とんでもない誤りをしてしまうのではないでしょうか。

弁護士はとかく自信をもっている人種だけに,尚更注意が必要なように思います。