処罰範囲の拡大と自由~共謀罪再提出に当たって考える ― 2005年10月07日
(この記事は管理人のウエブサイトに掲載済みのものを修正して載せたものです。)
昨年、Winny(ウィニー)というソフトウェアの開発者が著作権法違反の幇助(犯罪を容易にすること)ということで逮捕・起訴された。ウィニーを使って映画を配信した者の行為を容易にしたというのだ。
しかし、ウィニーそれ自体の機能は、インターネットを通じて他所のコンピュータ内のファイルを取得することができるようにするというものにすぎない。インターネットを通じたファイルのやりとりは、世界各地に散らばる多数の研究開発者の能力を集めてソフトウェアを開発・改善したり、各研究者の研究情報交換等といった場面でも行われるものであり、それ自体違法なことではない。今回の逮捕・起訴は、バールを製造した者に対し、そのバールを用いて住居侵入、更には窃盗が行われたということで住居侵入・窃盗罪の幇助犯に問うようなものだ。さすがに通常、バールを製造したからと言って住居侵入・窃盗の幇助に問われることはないだろう。
ウィニー開発者逮捕に際しての新聞報道では、開発者は違法性を認識していたとか、開発者が現行の著作権制度に対する挑発的な発言を行っていたといった情報が流されている。つまり、開発者の内心の意図が逮捕に当たっての重要な鍵になっているようなのだ。
同様の事情が、バールの「所持」に当てはまる。バールを鞄の中に入れておいただけで、「隠し持っていた」ということになり、持っている理由を警察官に納得させないと逮捕勾留されてしまう。所持していることの認識を超えた行為の目的が犯罪成立の鍵となっている。
ウィニーの開発も、バールの所持も、それ自体が直ちに他人の権利利益を侵すものではない。それが開発・所持目的によっては犯罪として処罰される。著作権や住居の平穏を守るために準備段階で取り締まるということなのだろうが、違法な目的を持っていたという内心の悪性を理由に(ウィニー開発者についてはその悪性の有無も疑問だが)取り締まることは、目的についての自白を取得するための逮捕・勾留・取調べの横行につながらないのだろうか。また、ウィニーが広く違法なファイルコピーの手段としても使われている、バールが侵入窃盗の手段として使われているといったことから開発や所持の違法性が推定されるおそれはないのだろうか。大いに疑問だ。
現在開催中の特別国会において,これまで2度にわたり廃案となった,いわゆる共謀罪の新設を内容とする法律案が審議される予定となっている。共謀罪が成立すると、600を超える数の犯罪(注:本年7月12日の衆議院法務委員会での政府側答弁では619とされている。)について、実際に犯行に手がつけられていなくても、その犯行についての共謀=意思の連絡をしたというだけで刑罰を科せられることになる。また、共謀をしたという容疑で逮捕・勾留されたり、共謀の証拠を確保するためと称して盗聴やパソコンの差押が広範になされかねない。
このように、現実に人の権利利益を侵害する行為よりも前段階の行為について、広く処罰する傾向が近時強まっている。キーワードは「安全・犯罪防止」だ。入国する外国人全員からの指紋採取、人相のデジタルデータの入ったICカードの旅券への埋め込みなど、犯罪防止名目で公権力が市民の個人情報を管理強化する動きも強まっている。
しかし安全を脅かす犯罪が行われる原因は何なのだろう。刑罰による抑止は対処療法にすぎず、犯罪の根本的な原因である貧困や差別を社会保障等によって無くすことが肝要ではないか。また、自由な社会ではある程度の不安定さは甘受すべきもので、安全は、人々が地道に取り結ぶ信頼関係により確保されるものではないか。管理の下の安全に満足することでよいかを江湖に考えていくべき時だと思う。
共謀罪については,与党内部からも,あまりにも危険であるとして修正の動きがあるようだ。共謀罪自身の危険性と修正がどこまで人権擁護に有効かについては,別稿をたててみたいと思う。
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