臓器移植法「改正」論議について思う2009年04月22日

WHOで海外での臓器移植が規制されそうだということをきっかけに,臓器移植法「改正」に向けた動きが急になっている。

海外でできなくなるから日本でできるようにしよう,ということらしい。「改正」案については特に,日本では子どもからの移植が禁止されていることとの関係で,子どもを救えないという親の声がよく報道されている。

この点に関してメディアは,

また、首相は与党が今国会で採決する方針を固めた、子供への臓器提供機会の拡大を目指す臓器移植法改正案について、重要法案と位置づけ、成立を図るよう指示。会談では、海賊対処法案や年金関連3法案なども早期に成立させる方針で一致した。

麻生首相:補正予算案などの早期成立を指示毎日.jp

等と報道している。しかし,今回の臓器移植法「改正」案(A案)が法文上目指しているのは,子ども「から」の臓器提供機会の拡大である。臓器を「提供する」人(「改正」案A案によれば人ではなくなっているものだが)の数を増やそうという目的から,法的にドナーとすることのできる人の範囲を子どもにも広げるのであって,法律上広げられるのはあくまでも子ども「から」の臓器提供機会の拡大なのである。

臓器を提供させられることとなる子どもからの視点が欠けているといわざるをえない。

ところで,「脳死」という概念自体,あたかも「脳死」状態に陥った人が全体死に至ることが間近かつ必至であるかのような概念で,ミスリーディングなものである。

国会の委員会の参考人質疑においても,「脳死」といわれた後長期間生存した事例や,自発呼吸が再開した事例が報告されているのだから,メディアは脳死者と呼ばれる人がどのような状態にあるのか,ラザロ徴候といわれるものがどのようなものなのか,報道すべきだ。

「脳死」と呼ばれる人の実態については,小松美彦教授の「脳死・臓器移植の本当の話」に詳しく書かれている。この問題について報道するメディアや,法案について審議採決する国会議員は,この本を一度熟読してから審議・採決に望むべきではないだろう。

今回の「改正」法案審議,海外に渡って移植を受けることができなくなるから日本でもできるようにしようという目的のようであるが,そもそも,日本でやってはいけないことは海外でもやってはいけないことなのであって,海外へ渡航しての臓器移植自体についても,日本同様の規制をクリアしたものだけが認められるべきとすべきで,それに違反した人は国外犯処罰規定による刑事罰の対象とすべきだったのではないのだろうか。

今回,法の「改正」の可否については

人を法律上死んだことにしてまで臓器移植がやりたい(臓器がほしい)人たち

の願い(欲望)を,自発呼吸再開の可能性があり,身体も動き,暖かみのある人の命を奪ってまでかなえるのかどうか,ということが問われているのだ,ということがもっと認識されるべきように思う。

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