破棄差戻判決が捨て去ったもの ― 2006年06月21日
応報感情に対する,刑罰以外での対応策を真剣に考えるべきではないでしょうか。
「死刑判決ほしかった」母子殺害差し戻しに本村さん(YOMIURI ONLINE(読売新聞))
命をもって罪を償ってほしい――。妻と長女を殺された遺族の悲痛な訴えが、司法を動かした。
犯行時18歳だった被告(25)の無期懲役判決を破棄し、2審に差し戻した20日の最高裁判決。被害者の夫、本村洋さん(30)は「上告が棄却されなかったのはうれしかった」と語る一方、「最高裁自ら死刑という判断を出してほしかった」と、今後も裁判が続くことにやり切れなさものぞかせた。
「残念だというのが正直な気持ちです」
判決後、午後4時から東京・霞が関の司法記者クラブで会見した本村さんは、感情を押し殺すように、淡々と感想を語り始めた。
被害者遺族の方の気持ちとして,命をもって罪を償ってほしいという気持ちを持つのは自然な感情です。しかしそれを,刑事裁判の結着がつくまで持たざるを得ない状況にしておいていいのでしょうか?
死刑判決は,もし間違ってなされ,そのまま執行された場合には取り返しのつかない結果をもたらすものです。したがって,被告人,そして被告人の立場を守るべき弁護人が徹底的に争うのは当然ですし,警察のように調査のための手足を自前では持たない弁護人が争うことになれば,それなりの時間がかかるのもまた必然です。判決も,そのような徹底的な弁護活動が行われたことをふまえて慎重になされるべきものです。ですから,時間がかかるのもやむを得ないことです。(なお,ここでは死刑制度が存置されている現状を前提としています。)
被害者や遺族が早期処罰を望んでいるから手続を簡略化して早期に判断をというのはおかしな議論だと思います。
むしろ,刑事裁判に頼ることなく,被害者の経済的,精神的損害を回復するための措置を考えるべきではないでしょうか。
本判決を含めた最近の重罰化の傾向を見るに,これまでの被害者保護の無策のツケを,量刑における重罰化でごまかそうとしているように思われてなりません。
最高裁、無期懲役の破棄(blog of Dr. Makoto Ibusuki)
コメント
_ KM ― 2006年06月23日 16時01分38秒
_ ノムラ ― 2006年07月03日 22時30分19秒
>刑事裁判に頼ることなく、被害者の精神的損害を回復するための措置
それが何かは今後叡智を結集して考えていくべきことなのでしょう。
この問題を考えるに当たっては,日弁連新聞に掲載された「死刑執行停止に関する全国公聴会第3弾 横浜公聴会報告」に,ドイツにおける被害者支援団体である「白い環」ヘッセン州代表のホルスト・チェルニー氏が,「白い環の活動のうちで重要なことは,犯罪被害者とその家族のそばに人間的に寄り添い,心のこもった世話をすることであり,それが被害者支援の98%を占めると述べた」とあるのが参考になるかと思います。
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_ 情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士 - 2006年06月21日 16時02分58秒
もちろん,被害者の遺族が「殺してやりたい」と思うことは自然なことだと思うし,残忍な犯行ぶりなどから社会から抹殺するべきだと思うことも不合理なことではないと思う。
しかし,私たちは一定のリスクを許容して生活をしています。分かりやすいのが交通事故です。年間8000人以上が亡くなっています。事故後24時間以上経過した後亡くなった方を含めると,いまでも1万人以上が死亡しています。また、負傷者は,年間100万人以上で,日本に住む人の100人に1人が、1年に1回、何らかのかたちで交通事故の被害に遭っているということになるのだそうです(ここ参照←クリック)。
そして,交通事故をなくすのは極めて簡単で,自動車をなくせばいいのです。
もちろん,自動車をなくすわけにはいきません。経済力を維持するためには,自動車はなくてはならないものになっていると考えられているからです(個人的には,自動車を減らすこと,より安全な環境をつくることは可能だし,そのような目標に向けて努力することは大切だと思いますが…)。
この自動車事故のリスクはあくまでも一つの例です。言いたいことは,社会生活を営む以上,一定のリスクを許容せざるを得ないのであり,殺人についても,殺人をする人を事前にこの社会から「間引く」ことなんてできないのです。
もちろん,事前の話をしているのではない,殺人を犯した以上は間引いても構わない,殺人を犯した以上責任をとってもらう,殺人を犯す人が出ないように見せしめる必要がある,ということなのでしょう。
ただし,犯罪が起きたことにいかに対処するかという場面においても,リスクという点では,むしろ,合法的殺人が維持されることの方が大きいと思うのです。
権力は濫用されます。権力を行使する人がい
