グリーンピースメンバー逮捕で問われる日本の人質司法2008年06月21日

調査捕鯨で捕られた鯨肉の横領を告発しようとして,運送会社の倉庫にあった鯨肉を持ち出したグリーンピースのメンバーが逮捕されましたね。

この逮捕,ヤメ蚊さんのブログによれば,

逮捕当日、新宿署に事情を説明するために出頭をすることにしていたところ、その直前に任意での事情聴取の機会もないままに逮捕されました。

というのだから,逮捕の要件である証拠隠滅のおそれなどがあったのかどうかそもそも疑問です。

ところで,彼らに窃盗罪が成立するかどうかについては,いわゆる不法領得の意思の有無が問題になります。盗った物からの経済的効用を受けようとして行う犯罪は,誘惑的要素が強いために,強く禁圧すべきであるというのが,窃盗罪を器物損壊罪よりも重く処罰する理由であって,したがって,窃盗罪と器物損壊罪の区別のために,物の経済的用法に従い利用処分する意思が窃盗罪の成立には必要とされるのです(不法領得の意思にはもう1要素あるのですが,本件とは関係がないと思うので省きます。)。

この不法領得の意思,故意と同じように人の内心(主観)ですから,単純に考えると,直接に基礎付ける証拠としてまず考えられるのが自白です(もちろん,客観的事情からも裏付けられるんでしょうが・・)。

おそらく,権力側は,この逮捕によって,国策に抵抗するとどうなるかという威嚇をするとともに(逮捕したのが警視庁の公安部であることはこのことの証ではないでしょうか?),今後,不法領得の意思の有無についての自白を得ようとしていくものと思われます。

しかし逮捕勾留は本来自白獲得のために行われるべきものではありません。グリーンピース・ジャパンの報告によれば,

すでに詳細な事実関係を記した上申書を作成して東京地検に提出し、青森県警にも写しを送付しており、さらに関係者はいつでも出頭に応じると伝えてありました。

とのことですが,このような状況下,仮に警察が,グリーンピース側が犯罪の成立を否認しているからとの理由で逮捕したのであるとすれば,自白獲得のために被疑者自身をいわば人質とした人質司法の現れではないかと言わざるをえません。

グリーンピースは国際的な団体であり,今回の告発も国際的な関心を呼んでいるものと考えられます。今回の逮捕,そしてその後のメンバー2名に対する処遇が国際的に注目されることは確かでしょう。

日本政府は先般の国連人権理事会に引き続き恥をさらすような真似はやめた方がよいと思うのですが。

コメント

_ これは ― 2008年06月22日 09時55分21秒

日本の警察について、グリーンピースが真実を発表するのに良い機会ではないですか!

_ h ― 2008年06月22日 14時37分06秒

実体の問題と手続きの問題は峻別しなきゃダメですよね。
もちろん罪証隠滅・逃亡の恐れの有無はGPの言い分だけで決められる筋合いのものではありませんから,ここは何とも言えないのですが,言っていることが気に入らないから手続保障をないがしろにしていいということにはなりません。
罪の問題は日本の法と証拠にしたがって淡々と判断されるということだけですね。外国が注目していることで判断がゆがんでしまっては,他事考慮ということで,安田先生の高裁判決と同じになってしまう。

_ 異議あり ― 2008年06月22日 16時34分07秒

不法領得が窃盗罪の構成要件該当性で必須とするならば、スリル目的で万引きした場合(商品は店外にでればすぐ捨てる)、窃盗罪を構成しないということでよろしいでしょうか?

_ ノムラ ― 2008年06月22日 20時09分23秒

>これは さん
うーん,結果としてそのような機会が得られることになるとしても,逮捕等の身体拘束による不利益を越えるものかどうか疑問であり,身柄拘束からの解放がまず第1にめざされるべきでしょう。

>hさん
本記事の最後の部分はあくまでも手続面についてのみ述べたつもりだったのですが・・。
被疑者の行為が犯罪になるのかどうかは,おっしゃるように淡々と判断されるべきように思います。

>異議あり さん
ご質問の事例は,不法領得の意思の内容をどう解釈するかによると思います。

_ k ― 2008年06月23日 01時09分22秒

スリル目的の万引きを「解釈による」としてしまえば,
まさに本件も「解釈による」のでしょう。

なお,私見ですが本件で不法領得の意思が
問題になることはないと考えます。
(弁護側が問題にしようとするかどうかは別ですが)
捜査機関も,そんな無意味な部分について
自白を取るために逮捕した訳ではないでしょう。

被疑者らは鯨肉を,彼らの言うところの「告発」に
使うつもりだったんですよね。
「経済的用法に従って」云々のところは
毀棄罪との区別のために言い出された概念で,
窃盗罪の成立を否定するためのものではなく,
かなり広く解されているようですから,
これで十分不法領得の意思は認められるんじゃないでしょうか。

_ ノムラ ― 2008年06月23日 08時53分01秒

>kさん

>スリル目的の万引きを「解釈による」としてしまえば,まさに本件も「解釈による」のでしょう。

そうでしょうね。

>なお,私見ですが本件で不法領得の意思が問題になることはないと考えます。

貴見のような考え方もあれば,その物の本来の用法に従って利用処分する意思まではないのだから不法領得の意思はないとする考え方も十分なりたちうるでしょう。

>捜査機関も,そんな無意味な部分について自白を取るために逮捕した訳ではないでしょう。

不法領得の意思が犯罪の成否にかかわるか否かが解釈により分かれる以上,「無意味な部分」とは言い切れないように思います。

本記事は手続面を問題にしたものなので,議論の拡散を防ぐため犯罪の成否については記事本文で言及しませんでしたし,その点についてのコメント欄での言及もこれ限りにしようと思います。

_ きゃんた ― 2008年06月23日 13時43分16秒

逮捕されたメンバーの方は、証拠品として確保した鯨肉を「食べた」との報道もありました。
このような場合に不法領得の意思を否定するのは無理ではないかと。

人質司法については日頃から悩まされています。
うぅ・・・。

_ ノムラ ― 2008年06月23日 17時35分03秒

>きゃんたさん
>逮捕されたメンバーの方は、証拠品として確保した鯨肉を「食べた」との報道もありました。

以下のページによると,そのような事実はないとグリーンピース側は主張しているようです。どのような報道なのか,またその「報道」が誤報でないか,慎重に検討する必要があると思います。

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/116952c700ae248d3556480610abf363

>人質司法については日頃から悩まされています。
>うぅ・・・。

ホント,人質司法には苦労させられますね。

_ メタル ― 2008年06月25日 11時45分13秒

普通に考えて、GPの逮捕は当然でしょう。
GPのやり方がOKならば、地検とかが目明しがわりに民間の団体を使うこともOKになります。
要するに民間団体に、令状なしに立ち入りや押収を行わせ、地検に告発させて証拠物を提出させれば逮捕されないということになりますものね。
暗黒捜査が行われるようになりますよ。
権力の暴走を防ぐためにはGPの逮捕は当然でした。

_ h ― 2008年06月25日 18時39分03秒

まずは,逮捕の意味を理解しましょう。刑罰ではありませんし,身柄を抑え込んで活動をストップさせるための予防拘禁手段でもありません。
既に起こった犯罪を捜査のための強制手段です。

御指摘のとおり,間者(笑)を使って脱法的な捜査が横行しては困ります。しかし,それは民間団体のやった行為が犯罪捜査目的であったとしても窃盗罪の適用を免れない,という刑罰法規の適用のレベルで解決すべきものではありませんか?こういう行為が野放しになったら困る。だったらば,それは窃盗罪に該当するということで禁圧すべきことでしょう。

しかし,それが逮捕の要件である「罪証隠滅」「逃亡のおそれ」にどうつながるのかが判らないのです。よく「悪質だから」といいますが,悪質であれば逮捕して良いということにはならないですね。

もちろん「逮捕が法的に何だろうとしったことか。ともかくしょっぴいて痛い目に遭わせればいいんだ。抑え込めれば良いんだ。細かいこと言うな。」と言われればそれまでですが。

それから,書面を書くときに「当然である」とか「疑いはない」などという価値判断に充ちた文言を数多くちりばめればちりばめるほど,説得力はなくなっていくという指導を受けたことがあります。本当に正しいことであれば,ザハリッヒに書いていけば,自然と説得力が出る。

まぁ,こういう「憎まれ役」がいると,刑事手続をずさんにするチャンスではありますね。オウム相手だったら,別件逮捕でもなんでもござれでした。しかし,一度鎖の緩んだ猛獣は,相手を選ばず襲いかかってくることも忘れない方が良いでしょうね。

だからこそ「手続は厳格に。刑罰は厳正に。」

_ メタル ― 2008年06月25日 21時09分37秒

「逮捕の用件」に特化しての意見ということで承知しました。
要するに在宅起訴でOKではないかとのことですね?
でも、GPのメンバーが国外によく行っていることは周知の事実です。
また、「組織的に行った可能性」がある案件については在宅のままというのは難しいですよ。
「口裏合わせ」があると解釈しますので。
とりあえず、私が許せないのはGPが権力の走狗のような行動をとったことなのです。
他人の家に無断で入り、無断で押収する・・・権力が行うことなんですよ、これは。
GPは地検に協力したんだと何度も表明しているのにも、疑問を感じます。
権力に寄り添い、自らも権力と化してしまってるんです。
環境を守るという大義名分の元に権力と化してしまう団体には疑問を感じます。

_ h ― 2008年06月26日 02時27分35秒

>でも、GPのメンバーが国外によく行っていることは周知の事実です。
「いつでも出頭する」という言葉さえ吐いていれば逃亡の恐れはないとは言えませんからね。 煮え湯を飲まされてからでは遅い。

>また、「組織的に行った可能性」がある案件については在宅のまま
>というのは難しいですよ。 「口裏合わせ」があると解釈しますので。
罪証はなにも物証には限られませんからね。

この論旨には頷けます。
もちろん,一般論として,身柄をとって自白をとることに頼ることには議論のあるところです。
しかし,手続き面については,少なくともGPだからことさらに特別扱いするのではなく,他の団体と同様に扱われればよいと思います。
山口組だろうとGPだろうと,適正手続の利益は平等に受けられるはずですから。

まぁ,ノムラさんに見解を押しつけてもどうなるものでもないので(^_^;)。

_ ノムラ ― 2008年06月29日 17時25分21秒

>メタルさん
御指摘の事情,確かに現行実務を前提とすると,抽象的に逃亡や罪証隠滅のおそれを裏付ける事情として働きそうですが,そのような現行実務の取扱いっていかがなものか(変えるべき)という考えなので・・・。
また,本件でそんなに逃亡のおそれや罪証隠滅の不都合があるのか?という気もします(「窃取」の事実自体はグリーンピース自身認めており,否認しようもないでしょうし,日本での活動を続けたければ,逃亡などそうそうしていられないでしょうから。)。

告発については,別に権力側から依頼されたわけではないでしょうから,「権力の走狗のような行動」とまでは言えないと思います。まあ,告訴や告発によって権力の発動を促す活動をとること自体,弁護士によっては嫌う人もいますが(警察権力を使うことを好まない弁護士もいます。)。

>hさん
>しかし,手続き面については,少なくともGPだからことさらに特別扱いするのではなく,他の団体と同様に扱われればよいと思います。
>山口組だろうとGPだろうと,適正手続の利益は平等に受けられるはずですから。

おっしゃるとおり,グリーンピースだから特別扱いということはすべきでないように思います。ただ,その一般的取扱いの内容がどうか,という問題は御指摘のようにあるわけで。

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