司法修習,給与制維持(復活)のための方策は?2010年06月02日

先週末の日弁連総会で,司法修習生への給与制維持を求める決議が採択された。

この決議自体,司法修習の貸与制(無給研修制)よりも法曹志望者に経済的負担を課している法科大学院義務化について何ら問題にすることなく,法科大学院生への支援拡充などといってごまかしているところは欺まん的でとうてい賛成できないが,貸与制への移行自体は見直すべきように思う。

ただ,改正法は成立しており,当該改正法を前提とした予算は成立しているので,今からでは間に合わないのではないかという意見も見られる。

この点については,とりあえず今期は修習生全員に貸与させた上で,来年度以降給与制に戻すよう法改正に向けた運動を継続し,当該法改正において貸与した資金の免除を織り込むようにするということで解決するしかないのではないだろうか。

なぜ施行間近になった今になって,という意見もあるが,弁護士会でも(表面的には)政権交代が行われたわけで,宇都宮会長はいわば前政権の負の遺産を背負わされたという面もあるから,今になって給費制維持を言い出すこと自体はそう責められるものでも無いように思う。もっとも,たまたま政権交代が起こっただけで,今回のようにアリバイ的に運動することは前執行部の時から予定されていたのかもしれないが・・・。

コメント

_ h ― 2010年06月02日 19時36分59秒

もう一つ考えるべきことは,修習「制度」が最高裁に握られているという本質的問題にだれも異を唱えないのはなぜなのか,ということですね。

弁護教官事務担当者(これまで「弁護科目担当の研修所教官」がいたことがないことはご承知のことだと思いますが)の選任手続にしても,最高裁は,相変わらず傲岸不遜な倍数推薦などを要求しているようですし。

結局弁護士って,裁判所というお寺の門前町で喰わせてもらっているという意識がぬけないんじゃないんですかね。だから研修所教育については何があっても文句を言わず(というか,そもそも情報を開示しませんからそれ以前の問題ですが)悪いのはすべて法科大学院か修習生個人の能力のせいにする。

_ ノムラ ― 2010年06月02日 20時31分50秒

>hさん

最高裁配下か,文科省配下かという究極の選択,という面はありますね。私は最高裁でも文科省よりはましだろ・・という感じをもっていますが。

弁護士には,研修所に対する感謝の念もあるでしょうが,最近の法曹の中には,研修所でできが悪いだのナンだの言われて抑圧されて,研修所に対してよいイメージを覚えていない人もけっこういると思いますよ。他ならぬ私の属する53期も,1年半に勝手に修習期間が短縮された初年度で正に実験台になったわけですが,さんざんできが悪いようなことを言われて19名の留保者を出さされるといった始末ですから,よくないイメージを抱いてもむべなるかなという感じでした。

研修所については今までは金をもらっていたから文句を言わなかっただけで,これが金ももらえないわ抑圧されるわでは,文句は出てくるんじゃないでしょうかね。出てくるのは修習廃止論か,法曹二分論(法廷に立たないのであれば研修所に行かなくてよい,など。)といったことではないでしょうか。

あと,修習生個人の能力のせいにする人は,某巨大掲示板ではみかけても,ブログ界隈ではあまりいないかと。

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