新司法試験受験回数制限に関するメモ2011年02月28日

日弁連の2000年11月1日付け総会決議では,新たな法曹養成制度について

3  法曹一元制を目指し、21世紀の「市民の司法」を担うのにふさわしい専門的能力と高い職業倫理を身につけた弁護士の養成を眼目として、下記事項を骨子とする新たな法曹養成制度を創設し、大学院レベルの法律実務家養成専門機関(以下「法科大学院(仮称)」という。)における教育と、その成果を試す新たな司法試験及びその後の司法(実務)修習を行うこととし、弁護士会は、これらに主体的かつ積極的に関与し、その円滑な運営に協力する。

1. 法科大学院(仮称)は、公平性・開放性・多様性を基本理念とし、全国に適正配置する。

2. 新たな法曹養成制度は、法曹養成における実務教育の重要性を認識し、法科大学院(仮称)においてもこれを適切に行う。

3. 新たな司法試験後に実施する司法(実務)修習は、法曹三者が対等な立場で運営する。

と述べるだけで,司法試験受験回数制限については何ら触れていない。

ただ,上記決議案には,その提案理由において,司法制度改革審議会中間報告を引用する形で,次のように述べられている。

5. あるべき法曹養成制度としての法科大学院(仮称)構想

(1) 検討の経緯と構想案

現在、あるべき法曹養成制度として検討の対象になっている法科大学院(仮称)構想は、大学院レベルでの法理論教育と実務教育、その成果をためす司法試験、その合格後の司法(実務)修習という一連のプロセスにより法曹の選抜と養成を行うというものである。これは、少なくとも司法試験合格者が合格以前に一定の法学教育と実務教育を経ていることを保証するものであり、今日の法曹養成制度につき指摘されている種々の問題点に適切に対応して正しく制度設計がなされるならば、法曹一元制の理念に適い、現在の法曹養成システムの問題点を解消する可能性を持った制度となりうるものである。

司法制度改革審議会は、法科大学院(仮称)を中核とする新たな法曹養成制度の構想についての検討を文部省に依頼し、文部省は、大学関係者、法曹三者、文部省及び司法制度改革審議会委員による「法科大学院(仮称)構想検討会議」を設置した。検討会議は、本年8月7日、下記の概要を骨子とする中間報告書を取りまとめ、司法制度改革審議会に報告した。

A. 基本理念(略)

B. 法曹養成のための法学教育のあり方(略)

C. 基本的枠組み(略)

D. 法科大学院(仮称)の設置と第三者評価(略)

E. 法科大学院(仮称)と司法試験・司法(実務)修習

新司法試験は法科大学院(仮称)の教育内容を踏まえたものとし、法科大学院(仮称)修了者のうち相当程度が合格するものとする。

法科大学院(仮称)修了を新司法試験の受験資格とするが、その場合、開放性や公平性の徹底の見地から、入学者に対する経済的支援や夜間大学院、通信制大学院の開設などの方策を講じることが特に重要となる。3回程度の受験回数制限を設けることが合理的である。

法曹に要求される実務能力涵養のために、司法(実務)修習を実施することを前提として、法科大学院(仮称)は、実務上生起する問題の合理的解決を意識した法理論教育を中心としつつ、実務教育の導入部分をあわせて実施する。

この部分に引き続いて,決議案提案理由では,「(2) あるべき法科大学院(仮称)実現に向けた我々の課題」として,改善を求めるべき点が挙げられているが,新司法試験に関しては,

第3に、新司法試験は、法科大学院(仮称)における教育を前提として、その成果を試す試験とすべきであり、新司法試験の管理には、弁護士会の実質的関与が認められるべきである。

と述べられるだけで,受験回数制限については何ら問題視されていないことからすると,この決議で日弁連は,受験回数制限について事実上容認したということになる。

この決議第3項については,何ら討論の時間が設けられない(質問についてもほとんど割り当てられなかったと思う)ままに,討議打切りの動議が出され,採決されるに至ったもので,それ自体議論が尽くされたものとは全く言えないものであった(決議に掲げられた3項目を分離すべきとの意見も出されたが,執行部は受け入れなかった。)。

決議の趣旨自体についてもその手続に重大な問題があると言わざるをえない上に,受験回数制限の容認については,提案の趣旨には出さず,提案理由に隠れた形で潜ませていたもので,適正な手続を経た意思決定とは到底言えないものである。

日弁連執行部や,それを支えてきた東京などの大規模会執行部は,司法審の意見にも記載され,司法改革関連法で規定されたことだからとして,受験回数制限の見直しに一貫して否定的であったが,上記のように決議案提案理由に書かれていたにすぎない受験回数制限については,こだわることなく,直ちに見直しを提言するべきだと思うのだが。

法学研究者養成の危機~法科大学院を廃止すべき理由2011年02月21日

日本学術会議で,以下のようなシンポジウムが開かれるようです。

「法学研究者養成の危機と打開の方策-法学研究・法学教育の再構築を目指して-」(PDF)

シンポジウムの趣旨は以下のようなもののようです。

法科大学院設立後、法学系研究大学院への進学者の減少、研究大学院における研究指導体制の弱体化など、法学研究者養成に困難な状況が生じています。

このシンポジウムでは、こうした事態の打開方策について問題提起を行い検討を深めることを狙いとしています。

昨年秋に開いた法科大学院に関する学習会でも,大学教員の方から,法科大学院が設立されたことに伴い研究大学院での修士課程(博士前期課程)における実定法科目のコースがなくなるという措置が多くの大学で取られ,その結果,これらの科目の研究者養成に多大なる支障を来しているとの報告がありました。実定法科目の研究者を目指す者が,研究を続けるには,まず法科大学院に入学して学修した後,博士課程に戻ってこいと言われるのだそうです。

法科大学院への通学による時間的,金銭的負担は大きなものがありますし,実務家養成を目的とする法科大学院に,研究職を目的とする者を義務的に通わせる意味があるとは思えません。そのため,実定法の研究者の養成が極めて困難になっているというのです。

上記シンポジウムの開催母体の1つである「法学系大学院分科会」自体,その設置目的(PDF)が,

法科大学院等専門職大学院の開設に伴い,法学系大学院の在り方をめぐって,早急に対応しなければならない課題が生じている。研究者養成システムの再構築という観点からは,法学系教員の研究・教育スタイルの変容をも視野に入れて,法科大学院等専門職大学院と従来の大学院との円滑な連携関係を再整備する必要がある。また,法科大学院等専門職大学院,研究者養成を中心とする従来からの大学院,法学系学部が,それぞれ法学専門教育において果たすべき役割分担を再調整する必要がある。これらの課題を総合的に検討するために,本分科会を設置する。

というものであり,研究者養成システムを再構築しなければならない状態,つまり研究者養成システムが崩壊し,ないしは崩壊しかかっていることを前提としています。

研究者の中には,法学研究者の養成についてはもう手遅れと言っている人もいます。

法曹養成の面ではその卒業を司法試験受験資格とすることが専ら問題でしたが,研究者養成にも多大な問題を生じさせているということを考えると,法科大学院制度は,制度自体廃止し,従前のように職業人にも門戸を開いたコースを付設する形に戻すべきように思います。

司法試験予備試験の出願の追加受付2011年01月28日

今年から始まる司法試験予備試験については,昨年12月14日に出願受付が締め切られていましたが,この度,出願を追加して受け付けることとなったようです。

平成23年司法試験予備試験の再出願受付について

平成23年司法試験予備試験の短答式試験は5月15日(日),論文式試験は7月17日(日)及び18日(月),口述試験は10月28日(金),29日(土)及び30日(日)に実施されるということなので,短答式試験の5か月も前に締め切るのは早いなあ,どれだけ出願者が集まるのだろうか疑問だ,と思っていましたが,やはり司法試験委員会でも同じ問題意識を持たれた方がいたのでしょうか。

新司法試験をめぐっては,ちょうど,総務省の研究会の報告書が出され,それに対する意見も法科大学院卒業の受験資格化に批判的なものが大勢であることから,法科大学院をオミットするルートとしての司法試験予備試験に対する注目が高まってきたということも,この措置の背景にあるのかもしれません。

いずれにせよ,この再出願受付の措置は妥当だと思います。

ちなみに追加出願期間は,2月3日から16日までの間,願書交付期間は1月31日から2月16日までの間とされています。詳しくは法務省のサイト内の上記リンク先ページをごらんください。

選挙2011年01月19日

私の属する第二東京弁護士会では,会長選挙が行われることとなった。

「司法改革」推進の是非をめぐり,真っ向からぶつかりあう様相となっている。

投票日は2月4日。

なんとか「司法改革」の嵐をストップさせる方向に弁護士会を持って行きたいものである。

高額費用を敬遠?「弁護士なし訴訟」増加2011年01月12日

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110112-OYT1T00938.htm

司法制度改革によって弁護士の数が10年前の約1・8倍に増加したにもかかわらず、原告または被告に弁護士が付かない「本人訴訟」が地裁の民事裁判に占める割合が14ポイントも増え、73%に上っていることが最高裁の集計で明らかになった。

記事内でも指摘されているように,本人訴訟の比率の増加は,過払金返還訴訟が急増したことによることが大きいのですが,同訴訟などを除いた場合でも,本人訴訟の割合は10年前と同じ約6割で推移しているということですから,弁護士数の増加に比べ弁護士がつく事件の割合は増加していないと言えるでしょう。

(しかし過払い事件って,結構法的論点はあるんですけどね・・。定型的だから本人でもできるというものではなく,何か裏の事情が介在しているような気もします。)

このように本人訴訟が進まない理由として,ウエブに載せられた部分では,弁護士費用(特に着手金)が高くて依頼をためらわせる,インターネットを通じて自ら情報収集ができるといった理由が挙げられていますが,ウエブには(現時点では)載せられていない(12日夕刊に掲載)部分に書かれているように,

「弁護士が増え,生き残り競争が激しくなった。弁護士に公益的な役割があるからといって,採算の合わない仕事を引き受ける余裕はない」

といった事情も大きいように思います。

弁護士を激増しさえすれば競争の激化によって需要を掘り起こせるという論理が実態に即していないことが明らかになったのではないでしょうか。

ところで,紙面によれば,弁護士がついた相手に「素人」が勝訴した割合は過去10年間3~4割台で推移しているということのようです。

この数値,一概に低いとは言えないように思うのですが,どうでしょうか?

なお,紙面には,元日弁連司法改革調査室長の四宮啓國學院大學教授の話が載っており,これに対してもつっこみたいのですが,ここまでにします。

(以下1/13追記)

紙面には,元日弁連司法改革調査室長の四宮啓國學院大學教授の話が載っています。四宮氏の話では

都市部に比べ弁護士数が少ない地方では,弁護士が支援すべきケースがまだまだあるはずだ。弁護士は,社会や市民に奉仕することが大きな使命。本人訴訟がなぜ増えているのか,弁護士会としても調査すべきだ。

とのことです。

「地方」ではまだ弁護士が足りていないという口ぶりですが,どうなんでしょうね?

また,弁護士の使命って「奉仕」活動なんですかね(サービス業であることを指して「奉仕」といったのであれば,「使命」とまで大上段に振りかざして言うことでもないでしょう。)。また,「社会」や「市民」への奉仕って,実際のところ結局,声の大きい人たちの言うことに従えということになるのではないでしょうか。

就職難など,弁護士激増の弊害が既に生じている一方,激増の利点と言われてきた効果が発生しなかったことも明らかになっているのですから,もう激増は止め,とするのが賢明だと思うのですが,司法改革推進論者はまだ「司法改革」は正しかったと強弁するのでしょうか。

平成23年司法試験予備試験の実施について~願書受付締切迫る2010年12月07日

法務省のサイトが更新されているようです。

実施予定表(PDF)を見てみました。

短答式試験実施が来年5月15日なのに,願書交付が今年11月19日から12月14日まで,願書受付も12月1日から14日までと,何と試験の5か月以上も前に願書受付が締め切りとなっています。

まだ先のことかと思ったら,願書受付締め切りまで1週間を切っているのですね。

こんなに早く受付を行い,そして締め切るのって,できるだけ予備試験受験者を少なくしようとしているのではないかと勘ぐってしまいます。

それにしても,予備試験にすぎないのに1万6800円という受験料,高いですね・・・。

裁判員裁判、少年に初の死刑判決 石巻3人殺傷2010年11月25日

1件出て,足かせが取れたのでしょうか。

http://www.asahi.com/national/update/1125/TKY201011250371.html?ref=rss

宮城県石巻市で今年2月に男女3人が殺傷された事件の裁判員裁判で、仙台地裁(鈴木信行裁判長)は25日、殺人罪などに問われた同市の無職少年(19)に求刑通り死刑判決を言い渡した。裁判員裁判での死刑判決は2例目で、少年に対しては初めて。

検察側は論告で、少年の犯行を「非人間的で残虐で冷酷極まりない」と厳しく非難。保護観察処分中の犯行だったことから「犯罪性向は根深く、更生は期待できない」との見解を示し、山口県光市の母子殺害事件と比べても「同様あるいはそれ以上に悪質といえる」と主張していた。

求刑と同内容の宣告刑なのですから,裁判体も検察官と同意見だったということなのでしょう。

犯したとされる罪は重大とはいえ,19歳の段階で「犯罪性向は根深く、更生は期待できない」と決めつけられ,命を奪われる社会って,他の一般市民にとっても,果たして生きやすい,いい社会と言えるのでしょうか。何か日本全体を覆う「再起制限社会」の雰囲気がこの裁判にも現れたように思えます。

この裁判では被害者参加がなされ,遺族や遺族の代理人弁護士から極刑=死刑を求める意見が出されたようですね。(元交際相手の姉ら3人殺傷、19歳少年に死刑求刑(asahi.com))

被害者参加制度自体の是非はとりあえず措いても,極刑を望む遺族の声を前にして,それに反する意見を裁判員がどれだけ主張できるのか。本件のように従前の基準からしても死刑になる可能性のある事件については,遺族の意見に流される裁判員が多くなるのではないでしょうか(この点は職業裁判官も最近は同様な傾向を持っているような感を受けますが)。裁判員裁判については,それを続けるにしても(私は廃止論者ですが),被害者参加制度の適用は排除すべきように思います。

裁判員制度については,死刑判決は従来に比べ減るのではないかと言われてきましたが,タイミングの問題もあるかもしれないとは言え,10日も経たないうちに2件出されたことで,今後は立て続けに出てくることも予想されます。

まあ,裁判員裁判については,もともと被告人のための制度ではないことは,司法制度改革審議会も述べているとおりですが,結果としても被告人のためにならないことが明らかになってきたというべきなのではないでしょうか。日弁連は,本件判決に際してもコメントを出していますが,現状を踏まえて,単に評決のあり方にとどまらず,裁判員制度自体の廃止(そこまでいかなくても,廃止を含めた根本的見直し)に言及すべきでしょう。